暦の変更の弊害は日本人の心をむしばんでいる!
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一年の計は元旦にあり。皆さんあけましておめでとうございます。などといいますと「はっ?」「いまごろですか」などという反応がしばしばかえってまいります。今日は2月でしょう? いえ、今日は太陰太陽暦で元旦ですね。太陽太陰暦は「旧暦」その正月は「旧正月」などと俗称され、なんだか「ふるいもの」「いまだにつかっているのか」みたいな汚名をきせられていますが、別に古いわけではありません。単に今使っている暦と違うだけのことですね。
なんでこの「旧暦」の「旧正月」とやらをもちだすのか、それにはわけがあります。べつに、中国通ぶってるとか、沖縄が好きとか、ベトナムに愛人がいるとか、タイの美人にもてたいとか、そういうことじゃないんですよ。いいですか。
明治の初めごろ、日本は太陰太陽暦から太陽暦へと使用するこよみを変えました。そのこと自体の是非はまあよいでしょう。しかし、それと同時に季節の行事も太陽暦にうつしてしまったのです。たとえば正月は太陽太陰暦でいう1月1日から、11月後半に移動しました。移したのなら、あたらしく「正月」の意味を定義しなおせばいいのですが、正月の日付はかえられても、習慣はなかなか変えられません。おかげで11月の後半にもかかわらず「あけましておめでとう」はまだともかく、「迎春」「新春」などとやっているのです。太陽太陰暦の11月後半、太陽暦の1月1日が「新春」などといわれても、「春? どこが?」てなもんですよね。みなさんも疑問に思われたことがあるのではないかと思います。しかしそれが現在使用している太陽暦でいう2月初旬のことであるといわれれば、ああたしかに「正月」というのは「新春」だなあ、と納得されるのではないでしょうか。
またほかにも歴史的な日付すら、暦の変更に伴って日付を移動しています。たとえば赤穂浪士の討ち入りの日ですが、12月14日の夜ということになっていますね。しかしそれは太陽太陰暦でいう12月14日であって、太陽暦の12月14日ではないのです。太陽暦で言うと1703年1月30日のことでした。当時の感覚では14日の夜のことですが、当時は新しい日は朝から始まると思われていたので、今で言うと1月31日の朝4時のことです。皆さんご存じのとおり、冷え込みの厳しい明け方に吉良の屋敷に押し入ったわけですが、それを現在の12月14日に当てはめてもよくわかりません。「いまとちがってむかしはさむかったんだねえ」などととぼけた感想を述べる人まで出る始末です。しかし、1月31日の朝だとおもうと、なるほど寒さも一番厳しい時期ですし、赤穂浪士のきもちがすこしはわかろうというものではないでしょうか。
ほかにも、毎年のように年内に雪が降らず「暖冬だ」などと騒いでいますが、これも暦の変更にともなう季節感のずれが原因じゃないかとわたくしは疑っております。
ようするに、暦を変更したことが原因で日本人のこよみ感覚がおかしくなっているのです。ふるくからの出来事や季節の行事は太陽太陰暦に基づく日付で解釈してこそ、ただしい季節感が感じられるのです。これはたんに季節感の問題にとどまらず、日本の社会全体に悪影響を及ぼしているのです。たとえば、「コーヒーはブラックがいいんだよ」とか「ココアには砂糖を入れない方がいい」といったような、「まずいものを飲むのが通だぜ」というたぐいのやせがまん。これは江戸から文化を発信するようになった以降のわるい習慣のような気もしますが、春でもなく、ただただ寒いだけにもかかわらず「迎春」「新春」などと称する、その日本全土を覆っている欺瞞性が「まずいものをうまい顔して飲むのが通だぜ」のような通人ぶったアホの半可通の蔓延の一助となっているのです。
さあみなさん、一年の計は元旦にあり、今日から正しい季節感を実感して楽しく実のある人生を送ろうではありませんか。クソ寒いのに「新春」だの、砂糖を入れないココアがいいんだよ、などというのはボケです。暖かくなってこそ「新春」ですし、ココアもコーヒーも砂糖を入れたほうがうまいに決まっているのです。そして、人生はもちろん、楽しい方がいいですよね。正しいこよみに基づく、正しい季節感を実践すれば人生は楽しくなります。間違いない!
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